ユアチャーチ・ゴスペルハウス

教会案内
About Our Church

礼拝と礼典

聖書、讃美、祈りをシンプルに捧げる。それがユアチャーチの礼拝です。決まった流れに安住することなく、時には次週の礼拝の時間まで変更する大胆さこそ、活力ある教会形成には不可欠と信じます。主日礼拝も様々な働きも、実は全てが"主への礼拝"そのもの。そう、全ての生き様が礼拝なのです!本質をつかんでいるゆえに礼拝はシンプルさに徹底できるのです。
プロテスタントの礼典である、聖餐と洗礼。聖餐は参加者全てに振る舞われる解放聖餐です。"だれもが本来、神の前に相応しくない存在であり、誰もが神の愛で導かれている存在"その地平に立つとき、本人が拒まないならば、聖餐に相応しい存在となると信じます。
洗礼は全てのキリスト者が委ねられた尊い業です。もしあなたが"イエス・キリストは唯一の人間の救い主である"と信じ生きているなら、あなたはあなたに求める方に、主への畏敬の念をもって喜んで主の栄光として洗礼を授けて下さい。なにも恐れる必要はないのです。礼典は"聖職者"と呼ばれる人々の特権ではなく、主を信じ、教会を建て上げることに生きる人全てによって行われるべき尊い業であるのです。
普遍的教会に属するものとして私達はキリスト者と教会にとって圧倒的恵みである携挙を待ち望み、その時一人でも多くの方が共に挙げられることを願い地上の生涯をかけて福音を伝えます。そして救いの条件は以下であることを告白します。
「私があなたがたに最も大切なこととして伝えたのは、私も受けたことであって、次のことです。キリストは、聖書に書いてあるとおりに、私たちの罪のために死なれたこと、4 また、葬られたこと、また、聖書に書いてあるとおりに、三日目によみがえられたこと、(新約聖書 第一コリント15章)

説教と賛美

説教はどこまでも論理的に、明快に、福音主義にのっとって語られます。聖書テキストが比喩であることを要求しない限り、字義通り、文脈において、他の聖書箇所と照らしわせてその御言葉を受け取ります。分からないことは分からない。明記されていることはそのままに。                      そして、あなたが"考える"存在としてのキリスト者になるお手伝いをすることこそ説教の本質であろうと思います。ですから今がサタンの支配下にあることを認めつつ、神に勝ることのない存在に怯えるような"話"は語られません。       世相と歴史と聖書の示す未来をしっかり見据えた説教がユアチャーチの説教です。
そして、説教を支え、会衆を備えに導くのが讃美です。ユアチャーチの賛美は決して"高度"ではないけれども、毎週賛美リーダーが導く賛美は完全に礼拝の豊かさとして機能しています。

<お問い合わせ>

お問い合わせは、下記のメールアドレスにて受け付けております。
必要事項をご記入の上、yourchurch.gospelhouse@gmail.comにご連絡下さい。